冬の明けない国でした。
真っ白い雪の中、人々は暮らしました。
私も其処に住んでいました。
彼もそこに住んでいました。
真っ白な冷たい世界には、人を喰らう巨人が跋扈し、
時々人間を狩る為に姿を現しました。
その度に人々は逃げ惑い、白い雪の中に怯えて姿を隠しました。
私も怯えて逃げました。
彼もそうだったと思います。
つかの間、弱い太陽が顔を出す日中に
人々は集い、木の実を集め、家畜を養い
交流を行いました。
私もそうしました。
彼も其処にいました。
私は、彼が好きでした。
私より、はるかに若い彼が、恋しくて仕方ありませんでした。
でも、こんなヨコシマな想いは、恥ずかしくて誰にも言えないと怯えていました。
真っ白く冷たい世界の貧しい日々の中で、私はずっと彼をみていました。
この世界で人間は何時、巨人の餌になるかも知れず
何時、お互いが居なくなるかもわからず、
私は目の前のそんな恐怖におののきながら
ただひたすら、彼だけを見ていました。
再び弱く暖かな太陽が出て、小さな広場で人々が集い
つかの間笑い合っているとき、広場の片隅の倒木に腰掛けていた私の傍に
彼が静かにやって来て、となりに座ると、其の手に握っていた木の実をつまみ
私の口に入れて私に食べさせました。
木の実の香ばしいかけらを噛み砕き、どぎまぎとする私の手を
彼はしっかり握りました。
木の実を噛み砕きながら、私は彼の横顔を眺め
握られた掌をながめ、胸の奥の甘く痛いものが身体の表面に染み出てくるのを
止める事が出来ませんでした。
彼は、そんな私を抱き寄せて、自分の胸の中にしっかりと入れました。
私は、もうどうしようもなく嬉しくて、震える腕で彼にしっかりしがみつき
其の首筋に顔をうずめて、泣きそうな幸福感に酔いながら、彼の匂いを嗅ぎました。
彼は澄んだ水の匂いがする。
そして私は、実はこれが夢だと解っていて
醒めるな
醒めるな
口の中の木の実を噛み砕きながら
呪文のようにそう呟いていました。
ずっと、彼に抱きしめられながら。
其のとき、わっと人々の悲鳴が上がりました。
巨大な荒くれ馬にまたがり、巨人が人間狩りにやって来たのでした。
悲鳴と怒号が飛び交い、逃げ惑う人の流れの中
私達は絶対にはぐれまいと、しっかり手を繋いで走りました。
彼も私も、もうお互いを見失うのは嫌だったから。
人の流れに揉まれ、冷たい雪の中足を取られ
そして、とうとう私達は、巨人に掴まってしまいました。
囚われた私達は巨大な木箱に入れられて、巨人の屋敷に連れて行かれました。
屋敷の中は、どの部屋にも暖かな暖炉が燃えていて、
私達は、木箱に入れられたまま台所へ運ばれました。
巨人の女達が、木箱を開けて中に居る人間達の服をはぎ取り
毛を剃り、水洗いをして皿に乗せ食卓へ運ぶ。
賑やかな食卓では、狩りの成功を祝う宴が開かれていて
笑い声があがり、その大きな声の合間合間に、喰われる人間達の
かすかな悲鳴が聞こえていました。
私は木箱に彼と並んで横たわりながら、せめて彼と二人一緒に
食べられる事を願っていました。
彼は隣で震える私をしっかり抱きしめて、
大丈夫と言って笑ってみせました。
それが私の心を落ち着かせて、しんとした気持ちにさせてくれました。
そんな私達に巨人女の手が伸びて、私達は服を剥かれて
毛を剃られました。
それでも、巨人女の掌の中は温かく、私達は二人見つめ合って
微笑んでいられる事が幸せでした。
巨人女は、私達が怯えもせず、黙ってされるがままで居る事に
不審そうに手を止めました。
ヘンだね、何だ?この人間は?
そう言った巨人女に向かって、その手に掴まれた彼が、
恐れもせずに何かを言いました。
私には残念な事にその言葉は何も聞こえなかったけれど
それを聞いた巨人女はみるみる青ざめて、恐ろしい悲鳴をあげると
其の姿は砂が崩れるように消えました。
まるでそれが合図だったかのように、巨人達はみんな青ざめて逃げ惑い
けれど、逃げる事は叶わずに、皆悲鳴をあげて、砂が崩れるように消え去りました。
巨人が居なくなった屋敷は、音を立てて崩れ落ち
其処に真っ白な雪嵐が襲いかかりました。
彼はどんな言葉を巨人に向かって言ったのでしょう
それは私と二人想いが通じ合ったから、解った言葉だと言う事だけは
私にもおぼろげに解りました。
離れたくなかった彼と、はぐれてしまった私は
彼の名を泣きながら呼び続け、走りました。
息が切れて、疲れ果てて、一歩も進めなくなった深い森の中
うずくまって、泣きました。
隣に居る彼の肌の温度や、
彼の首筋に顔をうずめると匂う
澄んだ水の匂いや、
私の手をしっかり握ってくれた掌や
私を抱き寄せてくれた、しなやかな腕や
ただ恋しくて、一人ぽっちが恐ろしくて泣き続けました。
どれくらいそうしていたのかは、解りません。
泣き続ける私の頭を、誰かが優しく撫でました。
大丈夫、無事だったんだねと懐かしい声が言いました。
顔をあげ、其の手と声の主を見つめ、
まぎれも無い彼だとわかると、なりふりかまわず彼に飛びつき
私は再び大声で泣きました。
*
気がつくと、辺りの雪は溶けて緑の草が揺れ
見る間に花を咲かせ、再び緑を茂らせました。
今は夏だよ
彼は私を抱きしめたまま、そう言い、
私も彼の胸に身体を預けて、そうだね、夏だ
と言いました。
やがてまた冬が来る。
冬が来れば再び巨人達がやってくる。
でも、冬は明ける。
春になり、夏になり、秋が来て四季が巡る。
二人居るから何も心配しなくていいのだと
私達は解っていました。
そして、
これは夢だと言う事も
醒めないでと二人願っている事も
私達には解っていました。
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テーマ : ショート・ストーリー - ジャンル : 小説・文学