#72






深 夜 に で あ う
あ や し に つ い て









あれは何時の事だったろう

季節は夏だ。
駅からタクシーを拾って
満月を窓から見上げてほろ酔い気分だった。

某かの宴の帰り道で
自宅からはまだ随分と遠い場所で
タクシーから降りたのは覚えてる。

月明かりに照らされて、舗装されていない道に
自分の影が映る。

当時、自宅近くは一面の麦畑で、
あの時も青い麦が夜風に揺れていたような記憶がある。

満月を見上げ、影を見下ろし
真夜中なのに明るい麦畑の中の道を、
私は鼻歌まじりに家路をたどった。


なんで、あの夜。
深夜の時間帯に
自宅から遠い場所でタクシーから降りる気になったのか
今から考えると、まったくわからない。

解らないけれども、夜道は明るく
私はいい気分で、もうすぐ麦畑の道も終わり
自宅が見えてくる頃。

麦畑の途切れた道の角で、うずくまっている人影に気がついた。

一瞬ぎょっとしたが、月明かりに照らされるその人影は
どうやら、若い娘のようで、なんとなく安心する。

そろそろと、その娘に近づいて(だって自宅の方向だし、一本道だから仕方ない)
行くのだが、娘はうずくまったまま顔をあげようともしない。

ピンクの丈の短いピタTシャツ
白とピンクのボーダーのスカート
背中までの髪は、綺麗に染められたゴールドピンク
左側のサイドの髪をオレンジピンクの花があしらわれた
ヘアピンで止めている。

足元は、素足にピンクパープルのストラップサンダル
巾着型の白いバッグには、やはりピンクの花があしらわれている。

青白い光に満たされた、緑の畑の道に、突然現れたピンクの娘。

何が悲しいのか、ピンクの娘はうずくまり
肩を震わせて泣いているようだ。

私もそうだけど、女が一人でうろつく時間じゃないし
まして、娘はその格好からして十代だろう。
そんな子供がうろつく時間じゃない。

娘は、私が近くまで来て、立ち止まっても
顔をあげようとせずに、ただシクシクと泣いている。

・・・どうしよう・・・・

こんなところで何してるの?
どうしたの?
大丈夫?

声をかけようとして、何故か声をかけることが出来ない。
娘は、私の気配に気がついているだろうに、うずくまったまま
顔をあげることもない。

ただ、両手で顔を覆い、シクシクと泣いているだけだ。

・・・どうしよう?

ひどく迷いながら、私はしばらく娘の背中を眺めて
その場に立ち尽くしていた。

正確に言うと、何故だか動けなくなってしまったのだ。

娘の背中を見つめて、足が棒のようになって動かない。

ピンクの娘は、うずくまったまま、
肩を背中を震わせて、泣いているだけだ。


どうしたの?


きっと声をかければ、私は動く事ができる
声をかければ、娘も顔をあげて、私に答えてくれるだろう。

でも、何故だろう?

私は、顔あげた娘の顔を見たくない
そうだ、私は、この娘の顔を見たくないから
こんなに足が動かなくなっても、
娘に声をかける事が出来ないんだ。

そうだ

だって、私は
知っているじゃないか。

この娘は
このむすめは

コレは



ざざざっと、強い風がふいて、小麦がゆれた。
ふいに身体が軽くなって、私は再び歩き出す事ができた。

私は、うずくまる娘をそのままに
急ぎ足でその場を離れた。

しばらく行ってから振り返ると、
青い小麦畑の中に、まだ微かにピンクの影がちらちら蠢いていたが
やがてそれは小麦畑の青に溶けて消えた。

それを見届けたら、何となく気分も軽くなって
ほっとして、家路を急いだ。






だって、これは









この世の物じゃない。







テーマ : ショートショート - ジャンル : 小説・文学

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